人は、やりたい事しかできないと思っています。
今の現状も、
今までの自分がやりたい事を選び取ってきた事の
結果だと考えています。
だから、
本当はやりたくないと思っていることは、
何だかんだ理由をつけて、結局はやりません。
受験においては、
例えば、
本当はやりたくない状態で塾に来て、(もしくは入れられて)
「勉強をしなさい」
といわれて嫌々やっていても、
当然それはやりたい事ではありません。
結果、やりたくないことをやっているので、
「勉強をしなくてはらない」
といった感覚になります。
そしてその感覚を持っている限り、
成果につながりません。
「やらなくてはならない」という感覚が苦しみを生み出し、
「どうやったらこの状況から逃げることが出来るか」
に全力を注ぐようになります。
その先には、
「やりたくないことをやる前の自分」
つまり、
「やりたい事だけをやっている自分」
に戻るだけです。
何事においてもそうだと思っていますが、
「○○しなければならない」
という感覚は、
そもそもが錯覚だと思います。
むしろ、「○○したい」
という気持ちに心から向き合えていないことが理由である事も多いです。
誤解を恐れずに記述すると、
勉強は、やりたくないのであれば、
やらなければいいと思っています。
頑張らなくてもいいのです。
頑張らなくても、あなたは今のままで既に価値があります。
ですが、自分の中でやりたい事や、
進みたい未来や、
得たい結果があって、
その為に勉強が必要なのであれば、
「その勉強は、あなたがやりたくてやっている事」
のはずです。
スタート地点はいつもここからで、
苦しいときや逃げたくなった時にこそ、
この初心を思い出してもらっています。
「あなたがやりたくてやっている事」
だから、強制はしません。
好きなだけやればいいと思いますし、
助けが必要になったら全力で応援しますが、
私から初心自体の設定を促すことはありません。
「やりたい事のためにはどれくらいの努力が必要ですか?」
という考えの前提がありきで、アドバイスをしています。
塾とは環境です。場なのです。
成長するのは本人で、
成長させる最終責任者もまた、本人です。
当塾は育てていません。
誰かを育てるなんて、おこがましいとすら思います。
考えの整理は手伝いますし、
くじけそうになった時に
初心を思い出してもらうための手助けをすることはありますが、
「塾生自身が勝手に育っている」
のだと心から思っています。
そうやって自分で自分を育てることが出来た彼ら彼女たちなら、
塾を卒業した後も、
もっともっと成長を続けていけると思っています。
このような考えを、当塾では大切にしています。